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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)2906号 判決

原告 日本自動車株式会社

右代表者代表取締役 小川浩正

右訴訟代理人弁護士 後藤末太郎

被告 土屋豊

主文

被告は原告に対し金五八二、四六八円およびこれに対する昭和三三年五月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り、原告において金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行するときができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が訴外東京塗料販売株式会社に対し、塗料等を売渡した代金債権を有していたところ、右会社が支払不能の状態に陥つたため、昭和二八年八月三日、原告から東京地方裁判所に右会社に対する破産の申出をなした結果、同年一一月二五日同裁判所において右会社に対する破産宣告がなされ、その破産管財人として被告が選任されたこと、右破産会社の破産財団に属する財産が破産宣告当時主として売掛金債権であつたこと、右決定に定められた債権届出期間内に債権の届出をなしたのは原告のみで、その後も債権の届出をなしたもののないこと、原告の届出た二、六六四、〇〇三円の債権が、昭和二九年三月九日、全額破産債権として確定したことについては、いずれも当事者間に争がない。

破産管財人は善良なる管理者の注意を以てその職務を行わなければならないのであるから、右破産会社のように、その破産財団に属する財産が主として債権であるときは、その取立回収に力を尽し必要に応じ法律上の手段をも講じて破産財団の充実拡大をはかるべきは勿論、そのほかにも否認権の行使によつて破産財団に組み入れるべき財産があれば遅滞なくその権利を行使して破産財団の増大をはかる等の職務を有する。

原告は、被告が前記破産会社の破産管財人としてなすべき善良な管理者の注意を怠り否認権の行使および債権の取立をしなかつた旨を主張するから以下順次右主張について判断することとする。

まず、原告は、破産会社が昭和二七年一〇月三一日以後破産宣告までの間に、商品二、八〇八、二八八円相当を債権者の一部に弁済として交付し債権者を害すべき行為をなしたにかかわらず、被告は右行為につき否認権行使の手段に出でなかつた旨を主張する。証人橋村長一郎の証言によつて真正の成立を認むべき甲第一二号証の記載によれば、原告主張のごとく破産会社の昭和二七年十月三一日現在における第一六回確定営業報告書には破産会社の資産として商品二、八〇八、二八八円が計上記載されている事実が認められるけれども、同証人の証言に証人桝田光および同会田太一の各証言を併せ考えると、右商品はすべてそれ以前に原告を含む仕入先に返品されており、当時現実には破産会社に在庫していなかつたことが認められ、しかも、右返品が支払停止または破産申立前三〇日以内になされまたは受益者に害意があつたことについてはこれを推認するに足る資料は全くない。従つて、被告が破産会社の右行為につき否認行使の挙に出でなかつたとしても、これをもつて注意義務の違背ありとなすには、原告挙示の証拠をもつては不十分であるといわなければならない。

次に、原告は被告が破産財団に属する債権の取立について善良なる注意義務を懈怠した旨を主張する。前顕甲第一二号証、その方式と趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第六号証、証人会田太一の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証に証人橋本長一郎および同桝田光の証言を併せ考えると、破産会社の破産宣告当時における売掛債権とした別紙債権目録第一表ないし第三表に掲げる五二口の債権、その総額四、三五六、三九四円が計上されていたこと、右債権中には相当額の回収を見込み得る債権を含んでいたことを肯認するに十分である。従つて、被告としてはその破産管財人に就任と同時に、先ず、為すべき仕事は、右各債権の存否、取立可能額の範囲を確立するとともに、取立可能なものつにいては可及的速やかに取立を実現する方策を講ずべきであつたといわなければならない。然るに証人橋本長一郎および同桝田光の証言によれば、被告はその就任中破産会社の代表取締役から概略の報告を徴し、債務者に対し或るものは口頭で、或るものは普通郵便で支払の意思であるかどうかを確かめたのみで、債権の確保、回収のための確固たる手段を執らず、遂に一銭の回収もできなかつたばかりでなく、すべて消滅時効の完成を許し、現在においてはその取立は全く不可能となつていること、しかも、右破産財団には他に配当の源資なく、破産債権者に対する配当は皆無たらざるを得ないことを認めるに十分である。してみれば、右破産財団に属する債権が、いずれも、当時回収の見込がなく、時効中断、取立訴訟等の手段に出ることは徒労に帰することが明らかであつた等の特段の事情の認むべきものがない以上、被告は破産管財人として尽すべき善良なる管理者の注意義務を怠つたものといわれても仕方がないものというほかない。もつとも、真正の成立を認むべき甲第一〇号証の記載によれば、右破産会社は代表者橋本長一郎の個人企業的な色彩が強く、帳簿の整理も極めて不完全であつて債権額の確立にも困難があり、債務者も零細な個人営業を営む者が多く、無資力の際物的な営業をなすものが大部分であり、また帳簿上は個人名義の取引となつているが実体は会社組織をなしているものがある等債権の取立の困難を思わせるものが多かつたことは認められるけれども、反面小口の債権については全額回収の可能性が強いことも考えられ、取立についても必ずしも多額の費用を要する争訟の手続によらなくても内容証明郵便による催告または支払命令の申立等小額債権に相応する取立の方法もあるのであるから、前記事情があるからと言つて直ちに取立を抛棄するのは当を得たものということができない。結局被告としてはその善管注意義務を十分に尽さなかつたものといわざるを得なず、これにより利害関係人に対し損失を与えたとすれば、その損害を賠償すべき義務があるものとなさざるを得ない。

而して、原告は破産会社の唯一の破産債権者であること前叙のとおりであるから、利害関係人として破産管財人たる被告の前記行為によつて蒙つた損害の賠償を求め得るものというべきところ、その存否、範囲は、結局、被告が管財人として注意義務を尽したならば受くべかりし配当の存否、範囲と一致し、原告が唯一の破産債権者である本件破産手続においては結局原告の確定破産債権額を限度とする配当可能額の存否および範囲に帰する。前認定のとおり右破産会社の破産財団に属する財産は前記売掛債権を除き他に殆ど存在しないのであるから、右債権の取立可能額から取立費用および破産管財人の報酬その他の手続費用を控除した残額がその配当可能額となるものといわなければならない。

ところで、前記のとおり、破産宣告当時における破産会社の売掛債権は別紙債権目録第一表ないし第三表に記載の五二口の債権が計上されていたのであるが、証人桝田光および同橋本長一郎の各供述によれば、右各債権のうちには破産会社の従業員が弁済を受領しながら受領金額を領得したもの等も一部包含され、全体として回収可能金額は額面金額を下廻ることが窺われ、右各証言に前顕甲第一二号証、同第五号証、同第一〇号証、証人橋本長一郎の証言ならびに同証言により真正の成立を認める甲第四号証および同第一三号証の一から四十五までを併せ考えると、右各債権は、破産宣告当時破産会社が取立確実なもの、支払の遅延し勝ちのものおよび回収不能のものの三段階に区分したものを含むところ、右区分は当時破産会社の債権者に提示するために作成されたもので資産内容を誇示するため多少の粉飾が付されていないものとは保し難く、右取立確実とされたものの中にも、なお最終の入金がなされたのは昭和二七年以前で破産申立の直前まで順調に支払われていたものは皆無の状況であり、古きは昭和二六年以前から入金のなされた形跡のないものも含まれ、また、債務者が遠隔地に在住し取立に過分の費用を要すると認められるもの、残債権額が極めて僅少で取立費用にも足りないもの等をも包含しているので全般的に取立可能金額は相当低下するとなさざるを得ないから、これを前記破産会社の評価を参酌しつつ、更に、破産申立前一年以内に一回でも入金のなされたもの、一年を越え二年以内に一部弁済がなされたものおよびそのいずれにも該当せず時効等の抗弁が当然に予想されるもの、債権者が比較的近接地に在住するものと遠隔地に在住するもの、または、残債権額が極めて僅少で値引、免除等の抗弁が提出されることが予想されるもの等の区分に従つて分類し、前記各証拠を参酌して検討すれば、別紙債権目録第一表掲記の二口合計金三七、五五五円はその八割に相当する金三〇、〇四四円が、同第二表掲記の三四口合計金一、一〇八、六一七円は総括して四割ないし八割、平均六割に相当する金六六五、一七〇円が、同第三表掲記の一六口合計金三、二一〇、二二二円は、そのうち大口債権の38ないし40、50ないし52の六口がいずれも取立不能と認められ、残額二一九、一五〇円について一割ないし二割、平均一割五分に相当する金三二、八七二円が辛うじて回収の可能なものと認めるのを相当とする。被告は右のうち1から34までおよび37から41まで少くとも全額回収可能であつたと主張するけれども前認定を覆えして右主張事実を肯認するに足る資料は存しないから、結局以上認定の合計金七二八、〇八六円が現実に回収され、積極財産として破産財団に組み入れ得たものと推認される。而して右配当源資のうちから取立費用および破産手続費用を回収金額の各一割とみてこれを控除すれば、現実に配当に供し得る金額は金五八二、四六八円となる。

従つて、結局、原告は、被告の破産管財人としての善管注意義務違背によつて右金額三八二、四六八円の損害を蒙つたものと認められるのであるから、被告は原告に対し右金額を賠償する義務あることは明らかであり、本件訴状が昭和三三年五月一日、被告に送達されたことは本件記録上明白であるから、被告は訴状送達の翌日である昭和三三年五月二日から完済まで右金五八二、四六八円に対する年五分の割合による遅延損害金を原告に対し支払うべき義務を負うことも明らかである。

よつて原告の被告に対する本訴請求は右認定の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一)

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